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  自分は、誰からも祝福されずにこの世に生まれた。
  両親は見合い結婚で、母は父を憎んでいた。父は母に対してはもしかしたら愛情があったのかもしれないが、自分に一切の関心がなかった。
  母の気持ちを鑑みるに、呪いたいほど嫌いな男の血が半分流れている自分という存在は、殺したいほど疎ましかったであろう。
  血縁との関わりを思い出そうとするたび、怒声と沈黙だけが頭の中に敷き詰められる。
  母は毎日飽きもせず鬼の形相で自分に罵詈雑言を吐いた。金切り声をあげることに疲れたら、換気扇の下まで煙草を吸いに行く。
  姉は母に加担し、己が思い付く限りの言葉で自分を怒鳴り散らした。
  父は己が攻撃する対象として捕らえられたくないので、見て見ぬ振りをして逃げ続け、一度たりとも自分を助けることはなかった。
  それが物心がつくよりも前から、自分が仙台を後にするまで一七年間続いた。
  孤独だった。一言で言えば。人生を呪った。大袈裟に言えば。
  友達は一人もいなかった。
  小学校に入る前から高校を辞めるまで学校ではいじめられ続け、家に帰れば待っているのは怒声だった。助けてくれる人間は一人もいなかった。
  自分の一生はこうして過ぎていくのであろう。頭のどこかでそういう確信めいた諦めが発生していた。しかし、それでいいとも思っていた。
  だが、中学校に入り、ある男に出会うのだった。泥梨の底で。
  幼い自分は、それからの人生において宝石の日々と、その後に砂漠の中を休むことなく歩き続ける日々が訪れることを知らなかった。
  彼は、同じ学年、同じクラスの、美しい少年だった。
  色が白く、学ランを着込んだ線の細い姿は倒錯的だったことをよく覚えている。
  出会いは本当にしようもないきっかけだった。呆れて、対峙とも言えない。
  今はもう失念してしまったが、何かの行事のために学年全員で校庭の草むしりを教員に指示されたのを覚えている。
  そのときに彼は自分の側におり、「草むしり、嫌いなんだよな、おれ」みたいなことを自分に伝えてきたのだった。
  自分は「ふうん」とだけ返し、その日はそれきり話さなかった。
  その日から彼は自分に事あるごとに話しかけてきて、彼とは音楽や漫画の趣味が合うことがわかった。嬉しかった。
  血縁全員に疎まれ、友達なんて一人もできたことがなかった自分が、好きな音楽や、好きな漫画の話ができる人が今はいる。本当に嬉しかった。
  そして彼も家庭に居場所がなく、孤独な人だった。だからこそ同じ匂いを感じ、幼い我々は身を寄せ合ったのだろうか。
  互いの不幸話で笑い合った。そんなことを今でも覚えている。
  けして口数の多い人ではなかった。寡黙な人だった。切れ長の目は、全部を威嚇して生きているふうで、誰も彼も殺してしまいそうな睥睨だった。
  けれども、自分にとっては陽だまりの人だった。彼の側にいると穏やかな秋の日の昼下がり、陽だまりで居眠りをするように心から寛かな気分になることができた。
  いつしか彼は自分にとって初めてできた友人で、最愛の人となった。
  初めてできた友達。
  初めて自分の名前を呼んでくれた人。
  初めて自分に興味を持ってくれた人。
  初めて自分を見てくれた人。
  思い返せば、これまでの人生において苦しいことしかなかった。だから、これからはもう、一生笑って暮らせると思った。
  彼が笑うときだけ世界は自分のものだった。なんとも稚拙な万能感だが、なんでもできると思った。
痩せ細った手を握ったら、胸の奥が痛かった。今になって考えれば、それは幸福と呼んでも許されるだろう。
  人生の中で最も幸福な時間だった。
  しかし、十七歳の夏、自分は学校を辞め、東京で暮らすために仙台を後にすることを決めた。
花火大会の夜、自分は友人にそのことを告げた。彼は何も言わなかった。
  ただ東京に行くその当日、新幹線のホームまで彼は自分に付き添い、動き出した新幹線をほんの数歩だけ追いかけて、彼は泣いていた。
  奇しくもその年のことだった。八年前の三月十一日。
  何度も何度も電話をかけても繋がることはなかった。
  友人は今も遺体すら見つからない。瓦礫に埋もれボロ切れのようになっているのだろうか。深海に眠るだろうか。
  今でも友人のことを夢に見る。
  十一月に見た夢。
  夢の中の自分は時間遡行の力を有していて、何度も友人を助けようとする。その度に失敗し、何度やっても全て失敗して、何度も友人を殺し続け、それでも何度も何度も友人を救うために繰り返した。
  次で最後だと知っていたが、結局また救うことができず、残ったのは腐り落ちたあの人の亡骸とそれを目の前に何もできなかった自分の姿だった。
  生っ白い肌、美しい横顔、痩せ細った手、舌にあけたピアス、凍りそうな睫毛。
  白いギター、NSR、ELLE GARDENのアルバム、コンバースのスニーカー、マルボロ。
  愛していた。心から。
  宝石の日々が続けば、死んでもいいと思っていた。耐えがたきに耐えるだけが人生か。
  流星の町。あの星の一つが真っ直ぐに我々を突き刺そうとしていた。








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